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あれ、珍しいな。と思った。

兄貴は庭で洗濯物干しを、俺は部屋で掃除機を─なんて、むかしむかしのじじばばみたいに2人がかりで家事を一通り終えた日曜午後、兄貴は片付いた居間のソファで本を読んでいた。
そこまでは、いつも通り。珍しいと思ったのは、そのあと。
兄貴が本を読んで笑ってる。
兄貴は漫画雑誌(主に俺が友達に借りた奴)なんかももちろん読むけど、それ以上に何やら難しい本を読んでる事が多いから、読書中は大概無表情だ。兄貴がそういう本を読むようになってからは、それが知らない人の顔を見てるみたいで、なんだか兄貴が遠い人になってしまったみたいで、だから子供の時はそんな兄貴にわざとちょっかいかける事がちょくちょくあった。そうすると兄貴は、困った顔と笑った顔を混ぜたような表情を浮かべて、なんだよ潤也ーと云いながら俺を見てくれる。その笑顔があんまり可愛かったものだから、結局俺は当初の目的を忘れて、兄貴が本を読んでる時は必ずちょっかいをかけるようになってしまった。こういうの知ってる?本末転倒って云うんだよ。
で、俺は今まさにそんな状況に陥っていた。
可愛かったなあ兄貴。今は可愛いんじゃないもんな。可愛くて、時々どきっとするくらい、きれいだ。

「・・・人の顔見て何ニヤニヤしてるんだ」

気がついたら、顔をしかめた兄貴がまっすぐ俺を見ていた。ああしまった、俺とした事が。気づかれない内に写メっとけば良かった。
「ニヤニヤしてたのは兄貴もだろ」
「?何が?」
「本読んでニヤニヤ。何なに?えっちなの?」
すかさず隣に移動して、どさくさ紛れに肩に腕を回す。雑誌を覗き込むのは振りだけだったのに、兄貴のTシャツの襟ぐりからちらりと見えた鎖骨に目が釘付けになった。
「ばか、そんな訳ないだろ」
そんな兄貴の呆れた声と一緒に、微かに喉仏が上下するのも見えて、そのままここに咬みついたらどんな声を上げるのかなあと夢想した。きっと本気で嫌がるに違いない。痛みさえ快楽に直結させて、はしたない声を止められない自分を、泣きながら恥じて。
「・・・えっち」
「はぁ?」
「やっぱり兄貴、えっちだ」
「こらこらこら!お前はどこを見て何を云ってるんだ!よく見ろ!」
そう云うと兄貴は、膝の上の雑誌をぐいと俺の目線まで近づけた。その指が差してるのは、小さな囲み記事と、白人と思しき男の写真。
今にも「HAHAHAHAHA」という外人笑いが聞こえてきそうなジェスチャーを見せているその写真を見て、俺は思わず『駄目だよ外人さんなんて!兄貴壊れちゃうだろ!』と口走りたくなるのをぐっとこらえる。
「えっと・・・これ何?」
「糸電話プロトコルの考察」
「・・・はい?」
そこからの兄貴の説明は、ネットでの通信方法がどーとか、その手順がどーとか、それが何故か"糸電話で伝送する方法"として大真面目に書かれたものがあってだな、というものだったけど、結論を云うと全くサッパリ理解不能。
「えっとそれ・・・面白いの?」
「さぁ」
「さぁって!さっきそれ見て笑ってたんでしょ!?」
「面白いなと思ったのはさ。こういう大真面目なジョークって日本人ではなかなか出ないなーってところ。そもそも発想が違うんだよな。日本人は、無意識に日常と非日常を切り分けるけど、欧米人は意識的に非日常を日常に取り込もうとする。たとえば」
「たとえば?」
「ハロウィンの仮装とか」
なるほど。確かに、どれだけ日本のお菓子会社やおもちゃ会社が頑張ったところで、地下鉄や学校が仮装した一般人で一杯になる状況なんてのは考えにくい。せいぜいが、ショップの店員やイベント会場どまりだ。
「こういうジョークプログラム見てたら、ネットが発達した理由も何となくわかるよ。いろんな国の人間が、独自の発想でよってたかって作り上げてるんだ。進化に欠かせない『多様性』と『発想の転換』、そのどちらにも事欠かない」
兄貴の云ってる事が全部解るかと云えば嘘になるけど、話している兄貴が楽しそうだって事は解る。だから、思ったままを口にした。
「もしかしたら、こういう事がやりたいんじゃないの?兄貴」
「こういう事って?」
「俺には解んないけどさ、プログラムとか。そーいうの」
俺がそう云うと、兄貴は少し驚いたような顔をした。ああやっぱりもう、この人は。
「俺の事とか、いいからな。兄貴はちゃんと自分の好きな道、目指してくれよな」
俺もノートパソコンは持ってるけど、せいぜいDVD(居間で観られないヤツ)を観たり動画サイト眺めたりする程度。だけど、兄貴は違う。いつも難しいサイトで何かを調べてて、ちらっと見たブックマークも小難しい名前ばっかりだった。まぁ、たまにビックリするくらいしょーもない雑学サイトとか、マニアックな特撮サイトなんかも真剣に見てるけど。
すると兄貴は仰々しく溜息をついて、
「そういうお前こそ、何がやりたいんだ?担任が嘆いてたぞ。主にお前の赤点について」
うわ、そうきましたか。俺は藪から蛇を出した後悔に襲われつつ、そういや鞄に入れっぱなしの三者面談のお知らせがあったなぁなどと思っていると、
「そろそろ三者面談も近いし、兄ちゃんとしてはそっちの方が気になるよ」
って、こっちも筒抜けですか!てか、兄貴どんだけ話し込んでんだよ担任と!
冗談めかした口調ではあったけど、本気で俺の事を思ってくれているのが解る。でも、だからこそ、ここは譲れないんだ。
だって、兄貴が俺の世話で貴重な青春無駄にするとか、そんなの不公平すぎる。今までいっぱい世話掛けた分(今も掛けてるけど・・・)、兄貴には絶対に幸せになってもらわなくちゃって、でもそんな事ストレートに云ったって、また『俺は今のままで幸せだよ』とか云ってくれるに決まってるから、だから俺もできるだけ軽い口調で云った。
「俺は多分、なるようになるって。このまんま大人になってこのまんま結婚して、んでこのまんまじいさんになる」
「いきなりじいさんかよ」
兄貴が吹き出した。だって、行き着くところったら結局はそこだろ?
「そうだな、きっとお前は格好良いじいさんになるよ。若い連中にも慕われるような」
「カリスマじいさん?」
「カリスマじいさん」
想像したらなんだかそれも悪くない気がした。うん、今度の面談では担任にそう云おう。
「兄貴もきっと可愛いじいちゃんになるよ。でさ、可愛いばあちゃんになった詩織と三人で、河原なんか散歩してさ」
俺がそう云うと、兄貴も笑ってくれた。
「・・・じゃあ、静かな山奥にでも住むか。世間から離れて、のんびりと」
それはとても幸せそうで、けれどどこか儚くて。
今にも空に溶けてしまいそうな笑顔だった。






「もしかしたら、こういう事がやりたいんじゃないの?兄貴」
思ってもみなかった指摘にどきりとした。
いや、本当は思っていたのに、意識して考えないようにしていたんだろうか。

俺達の両親は事故で亡くなった。今でも思い出せる、湿気を含んだ八月の暑さと、対比するような炎の渇いた熱。
二人が亡くなってしばらくの記憶には曖昧な部分が多い。それは子供だったからというより何よりも、兄弟二人で生きていく為になすべき事が多すぎたせいだろう。
感傷とは無関係に発生する手続きや段取りを機械的にこなし、その内周囲を見渡せる余裕が出てくると、自分たちの置かれている状況がまさに『不幸中の幸い』という言葉でしか表せないという事が判ってきた。
それは云うまでもなく、俺達に『家』が残されていたこと。そして、逆に『負の遺産』が残されていなかったことだ。もしもこの家が借家やローン物件だったら、俺達はとっくに引き離されていたに違いない。

最初の内はそれを亡き両親に感謝するばかりだったが、次第に違和感を覚えるようにもなった。
上手くは云えないが、できすぎているのだ。
記憶に残る両親は、似た者夫婦という言葉がぴったりの友達のような夫婦で、実際に歳も若かった。葬儀に来ていたのは両親の友人や仕事関係者が大半で、彼らは口を揃えてこう云った。『まだ若いのに』と。
つまり、まだまだ前途ある年齢だったのだ。にも関わらず、ローンは完済されていて、俺達に家が残された。決して大きくはないが、兄弟2人で住むなら十分な規模の、家が。
我ながら考えすぎだと思う。けれど。

「そういうお前こそ、何がやりたいんだ?」

極力、冗談めかした口調で返すが、多分気付かれているだろう。潤也は軽いように見えて、誰よりも人の心の機微に敏い。けれど、その敏さが過剰に働きすぎて、俺の事に関しては気を回し過ぎとしか思えない部分もあった。今がまさにそうだ。俺が潤也の犠牲になってるなんて、そんな事絶対にあり得ないのに。

もし潤也がいなかったら、もしあの時取り残されたのが俺一人だったら─と、思う度背筋が凍りつく。実際、両親が亡くなって以来、そんな悪夢を何度となく見た。汗まみれになって飛び起きては、隣に寝ているはずの潤也を探す。たまたまトイレに行っていて姿が無かった時などは、恐ろしさでこのまま気が狂うかと思った。
神様神様、もしもこちらが現実なら、今すぐ俺を殺して下さい─
暗闇の中で震えることもできずに祈った時、潤也が戻ってきて、俺は気を失うようにまた眠った。朝目覚めた時、潤也が俺の手を握っていたのは、決して偶然ではないと今でも思う。
お前に生かされてるのは俺の方だよ、と口には出さないけれど、敏い潤也はすべてお見通しなんじゃないかと思う。だからわざと明るい口調で返すのだ。
「俺は多分、なるようになるって。このまんま大人になってこのまんま結婚して、んでこのまんまじいさんになる」
「いきなりじいさんかよ」
口にした途端、想像の中の潤也じいさんのあまりの格好良さに吹き出した。自分の年老いた姿は想像できないけど、こいつはきっと良い歳の取り方をするだろうな、と思う。もし父親の老けた姿を見ていたら、もっとはっきり想像できるだろうか。

両親の葬儀の時に思った事だが、うちには親戚が少ない。年の離れた従姉妹などはいたが、彼らの親世代、つまりうちの両親から上の年代がほとんどいないのだ。
その事自体はさして不思議に思わなかったが、様々な書類を見ていく内に、ある事実を知った。
会ったことが無いのは当たり前だ。家系そのものがほぼ断絶していたのだから。
直系は元より、傍系の筋に至るまで、ある一定の年代でほとんどが死に絶えている。それも、調べられる限りではその全てが事故死あるいは原因不明の突然死で、家族に看取られての老衰などは一人としていなかった。祖父母ですら、そうなのだ。
かなり遠い筋の親戚を除けば、いま安藤という名で残っているのは俺達二人を含めてもごくわずかだった。

"偶然も三回続けば必然"という言葉の真偽は判らないが、その時、思った。両親は、気付いていたのではないか。いや、明確にではなくても、予感くらいはあったのかもしれない。
そう遠くない未来、自分たちが子供二人を残してこの世を去ることを。

「そうだな、きっとお前は格好良いじいさんになるよ。若い連中にも慕われるような」

記憶の中に残る、おぼろげな両親の姿を思い出す。父の顔は潤也によく似ていて、豪快によく笑う人だった。きっと職場でも慕われていたんだろう。葬儀の時には男も女も泣き崩れていた。
母はたおやかな人だった。けれど、決して間違った方向には折れない、強い人だった。しなやかで強い彼女の優しさを、なぞるように俺は生きてきた。
そして、両親は俺達に家を残してくれた。兄弟が二人で生きていく為の基盤を。
ならば、俺は?

俺は一体何が残せるんだろうか。

「兄貴もきっと可愛いじいちゃんになるよ。でさ、可愛いばあちゃんになった詩織と三人で、河原なんか散歩してさ」

潤也は夢見るように話す。おそらく来る事はないだろう、幸福な未来の夢を。
その象徴のような笑顔を見て、ああと思う。
俺は生かされてきた。潤也に。この笑顔に。
ちっぽけだけどかけがえの無い、無限の可能性の塊。俺の生きた証。
このために、俺はあの八月に生き残ったんだ。

「・・・じゃあ、静かな山奥にでも住むか。世間から離れて、のんびりと」

三人で、とは絶対に云えないけれど。でも、いつか。
いつかこれだけは気付いて欲しい。



俺が残せるのは、お前だ。
お前自身が、俺の形見だよ。







END

 

安藤パパママは云うまでもなく捏造です。
あくまで管理人のイメージですので、
「違ーう!もっとこう・・・!」と思われた
としても、何も云わずにそっとブラウザを
閉じて下さい。

糸電話プロトコルなんて物はありません(多分)。
ホントは実在する有名なヤツを使おうと思った
んですが、もし全然関係ない人が検索でたどり
着いちゃったらさすがに申し訳ないと思い、
ぐぐってみたら、自分自身の過去のつぶやきが
まんまと引っかかってしまい(そいや前に書いてた)
慌てて捏造した次第。使いたかったなー伝○鳩・・・。
 
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▼guest:クロシバ ケイタロウ
漫画の人。柴犬属性。

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