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夏だからって心霊特集なんて観るもんじゃない。

ましてやそれが折悪しく蛍光灯が切れて突然真っ暗になったリビングで、灯りはテレビの心霊番組のみ、という最悪の状況の中なら尚更だ。いや、言い訳をさせてもらえば、何も好き好んでそんな番組にチャンネルを合わせた訳じゃない。兄貴とよく観たドラマの再放送、兄貴とよく見たローカルニュース、そんな無害な番組をいくつか経て、気がついたらそれは始まってた。
タチが悪い。いつの間にかそこにいるなんて、あいつら"せせらぎ"と一緒だよ。






「ちょ・・・っヤバイってそれ。てかなんでこいつらわざわざカメラ持って廃病院なんか行くんだよ。バカだろマジで」
「そりゃ、そういう企画なんだから」
テレビに向かって本気で悪態を吐く俺の後ろで、「仕方ないだろ」と兄貴が呆れたように云う。
でもさ、ただの病院だって夜は不気味なのに、よりによって廃病院で肝試しって、正気の沙汰じゃないでしょ。
「まあ、日本は資本主義だから」
「な、なんでいきなり資本主義?」
途端に蘇る赤点の記憶に動揺していると、兄貴はさらりと云った。
「金になるならなんでもやる」
「・・・なるほど」
お金になるのか。それなら仕方がないよな。
この国では人の不幸だって資本だよ、と、いつか兄貴がニュースを観ながら呟いた事を思い出す。
─それにしても。
「なんでかな」
「何が?」
「兄貴、ジェットコースターとかは怖がる癖に、なんで幽霊は怖くないのかなって」
「いや、そもそもジェットコースターと幽霊は同列じゃないだろ」
「あと、"せせらぎ"も」
せせらぎ?と一瞬考える気配の後、事も無げに
「ああ、ゴ」
「云ーうーなー!」
俺は耳を塞いで、その忌々しい4文字から身を守る。これだから、うちの兄貴は繊細なのか豪胆なのか判らない。だって、あんなおぞましい生き物のフルネームを口に出来るだけじゃなく、新聞紙製のジョーダンバットで一撃の元に倒したりも出来るんだぜ!
今まで何度となく見てきた兄の勇姿─だけならともかく、その容赦ない打撃で潰されたアレのなれの果てまで思い出してしまい、俺は大きく身震いした。

「そりゃ、男が2人して逃げ回ってたって事態は変わらないだろうが」

何気なく云われた言葉がグッサリ刺さる。
・・・虫一匹倒せない弟でゴメンよ兄貴・・・。
考えてみたら俺って、料理はできないし洗濯物畳むのも下手だし、家計簿なんて当然つけらんないし。できる事と云ったら庭の草むしったり電球取り換えたりする程度だけど、でもそれって兄貴にもできる事だし。
考えるな、考えるなマクガイバー。兄貴の口癖とは真逆の言葉を呪文みたいに唱えてみるけど、暗雲のように立ち込めた焦りは薄れない。うわ、もしかして俺ってとんだ役立たずですか!?
「ばか、何云ってんだ」
途端、呆れたような兄貴の声が響く。
「役に立つとか立たないとか。そういう事じゃないだろ」
「・・・俺、今口に出してた?」
「結構な大音量で」
がっくりと項垂れた俺を慰めるように、兄貴の手のひらがぽんぽんと肩を叩く。

「"あるはずがないから怖い"事って、あるよな」と、兄貴は静かに云った。

「・・・兄貴?」
「けど、どんな物事だって、理由も意味も無く起こったりはしない。一見、不可解なように見えても、それは単に理解ができないだけなんだ。"わからない"イコール"ありえない"じゃあないんだよ」
それが、さっきの「なぜ幽霊が怖くないのか」という問い掛けに対する答えだという事に、一瞬後で気付く。
「・・・じゃあ、幽霊も?」
「見る側の視力の問題かも知れないし、罪の意識や願望が生み出したものかも知れない。昔から云うだろ?『幽霊の正体見たり枯れ尾花』って」
兄貴の声は淀みがなくて、心地いい。たとえるならそうだな、せせらぎのような、と思いかけて、せせらぎというネーミングはあの黒い悪魔にくれてやったんだと思い出す。もったいない事をした。
「出る側の理由は?」
内容なんか何だっていい。ただ、もっと声が聞きたくて投げかけただけの質問に、そうだな、と兄貴は生真面目に答える。
「ポピュラーなのは、墓場の人魂とか。あれは遺体から出たリンが空気中で燃える現象だとか云われてるな。本当かどうかは知らないけど。・・・あとは、本人が死んだ事に気付いてないとか、恨みが強くて死に切れないとか」
「他には?」
「・・・心配でつい見に来た、とか」
「たとえば、どんな時?」
「大事な弟が、ウッカリ夜中に一人で心霊特集を観て泣いてる時」
くすりと漏れた笑いに、「泣いてないよ!」と反論しながら、俺もつられて笑う。
肩に載せられた手のひらは、いつの間にか退いていた。
「・・・だから?」
俺は、振り返らない。
「心配で、つい見に来た?」

ふっと、微笑む気配があった。

─『行ってらっしゃい。気をつけるんだぞ』─
思い出すのは、最後に交わした言葉。
どうしてあの時、掴まえておかなかったんだろう。
二度と触れられないって判ってたら、絶対に離したりしなかったのに。
一人きりになんて、しなかったのに。

あれはいつのお盆だったか。親父とお袋は帰ってきたのかなと、見よう見まねで迎え火を焚きながら無邪気に兄貴に尋ねた事があった。帰ってきたなら、もっとそれらしく教えてくれればいいのに。姿を現すのは無理でも、たとえば合図くらいくれてもいいのにな、と。

そうしたら兄貴は云ったんだ。それなら─

『それなら、俺はちゃんと判るように帰ってくるよ』
穏やかな、笑顔で。
『他の誰に理解できなくても、お前にだけは』


俺より先に兄貴が死ぬなんてそんな不吉なこと云うなよって叫んだあの時の方がよっぽど俺は泣きたい気持ちだったんだ。


いつの間にか、テレビが消えている。電球の切れたリビングは相変わらずの暗闇で、眼を開けていても閉じてるみたいだった。
振り向いても、きっと何も見えない。そこに兄貴がいるはずもない。
だってこれは俺の願望が見せた幻だから。(もしくは罪の意識?)
両方かもしれないな、と思う。
大切な人たちを守るためという大義名分の元で、ひどい事をたくさん、たくさんした自分を、俺は赦して欲しいのか、それとも叱って欲しいのか。

その時、ぽふん、と。
頭の上に温かいものが載せられた。
その、優しくて懐かしい感触と一緒に、

「お前はよく頑張ってるよ」
ほんとはそれだけ云いに来たんだ、と。

囁く声が聞こえた、気がした。








目が醒めると、ソファの上だった。
いつの間に寝たのかも思い出せないけど、ちゃんとテレビは消えていた。
夕べはあのクソ忌々しい心霊特集が始まったと思ったら急に電灯が落ちて、でもって・・・?
起き上がって、ふと首を傾げる。
俺、ここで寝るつもりだった訳でもないのに。

─なんでタオルケットなんか掛けてるんだ?






「おはよう、潤也くん」
「おはよ」
校門の少し前、いつもの曲がり角で姿を見せた詩織に挨拶をする。すると隣に並んだ詩織が、少しして俺の顔を覗き込んできた。
「なに?」
「なんか、ご機嫌?」
「んー」
そう云われると、確かになんだか気分がいい。寝る前に特にいい事なんて無かったから、何かあったとすれば眠ってる間なのかな。
少し考えて、諦める。やっぱり何も思い出せない。
けど。
「いい夢見たらしいよ。よく覚えてないけど」

覚えてないのに?とくすくす笑う声を聞きながら、空を見上げる。

青い空にオオタカが舞って、溶けた。









END




なんだかんだ云って心配性な兄ちゃんです。




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